信長って本当は何型?織田信長の血液型「A型説」「B型説」

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戦国大名たちの血液型は多くが残された血痕からわかっている

織田信長の意志を継ぎ天下統一を目指した豊臣秀吉は、O型の血液型だったと血判から判明しているそうです。若き日のお調子者で人気のあった秀吉らしい血液型だといえるとおもいます。

また、仙台を納めた伊達政宗も血液型がはっきりしています。彼はB型だったそうです。

政宗の場合遺骨が見つかり、頭蓋骨から顔の復元までされています。

越後の虎と呼ばれた上杉謙信はAB型ということが、やはり血判から判明しています。

 

織田信長の血液型は「A型説」が有望

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信長の血痕や遺髪からその血液型はA型であるといわれています。

A型の特徴としては、リーダーシップに長け、プライドが高く、几帳面で神経質なところがあるようです。どうですか?信長の性格によくあっているような気がしませんか。

リーダーシップは信長の数々の戦からも見てとれると思います。それに名高い家臣たちが次々と信長に従っていったのは、彼にそうさせる力と包容力があったからでしょう。

信長は自分に刃向かうものや、裏切るものを決して許しませんでした。

比叡山の焼き討ちや、長島一向一揆の制圧などで残忍な表情を見せる信長は、腐れ切った僧と言う名の輩を一掃し、宗教を立て直したかったもでしょう。

高野山攻めは、謀反人の荒木村重の残党を引き渡すように言ったが従わず、それどころか織田の使者を殺害されてしまいます。

これは家臣を殺された信長の怒りを買うとともに、プライドを深く傷つけたものだったでしょう。

 

信長の血液型はA型ではなく「B型説」もある

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最近になって、信長の遺髪や血痕は別人のものであるという可能性が出てきました。

では一体何型なのでしょう。もっぱら言われているのはB型説です。

その根拠とされるのは、行動力です。桶狭間の戦いや金ヶ崎の退却の時も素早い行動で、感性に従って迷わず動くB型の特徴を表しています。

また信長は庶民たちとも友達のように振る舞い、秀吉のような六つ(片方の指が6本あったから)と言われる今でいう障害者とでも隔たりなくつきあえました。そんな物事にレッテルを貼らないところがまたB型であるといわれているのです。

 

信長の血液型は創造の域を出ない

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だいたい血液型でその人の全てを判断することはできないと思います。

A型の面も持っていてもB型かもしれない。信長の首が見つかっていないというのに遺髪があることもおかしいですよね。

血液型でその人を見るというのは現代にはありがちな話ですが、戦国時代やもっと昔の人が何型であったかを想像するのはやはりロマンの域を出ないと思います。

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